« Vista非対応 | トップページ | あんず飴、見つけた! »

2007年8月15日 (水)

無縁仏への心

 お盆で、我が家の庭でも、たいまつと供え物を置くようにしています。
 毎晩、たいまつに火をともし、線香をあげているのですが、これは「無縁仏」のためのものなんですよね…。
 もっとも、最初の日にともすたいまつは、「迎え火」を兼ねており、仏さんがかえってくるための目印として、欠かせないのだと思いますが。

 無縁のものであっても、わずかばかりながらでも施しの心を忘れない…そういう意味では、この盆の習慣は、かなり深い意味を持っていると思います。
 自分に縁がある人だけで社会が成り立っているわけではない以上、当然のことなのかもしれませんが、今の日本でこれだけ「失われた」考え方も、ないのではないでしょうか?

 自分に関係があるから、関係がないから…だけでは計りきれないような部分への心構えが、結局は自分に関係する部分にも現れてくる(マナーの悪さなどの形をとって)のかもしれないな…と、考えてしまいました。

« Vista非対応 | トップページ | あんず飴、見つけた! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 無縁仏への心:

« Vista非対応 | トップページ | あんず飴、見つけた! »

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ